なおし家鍼灸院

なおし家コラム

前編:「線維筋痛症」の痛みに向き合って

ゆかりの人対談 第5号
陸川 祐有加さん

院長
「陸川さんとは2003年からのお付き合い。
なおし家で一番長く来ていただいている方です。
最初の頃は、非常につらい症状が続いていましたが、今はすっかり元気になられましたね!
ヨガの講師をされたり、いろんなワークショップをされたり。
長年体のケアをさせてもらった者としてもすごく嬉しいです。今日はその変化の経緯もお聞きしたいと思いますので、よろしくお願いします」

陸川さん
「私もとっても楽しみにして伺いました。
ちょうど最近、今までいろんなことがあったことをまとめてみたいなあと思っていましたので、こういう機会をもらって嬉しく思っています」

辛いお腹の激痛(なおし家にくるまで)

すがこ
「私も陸川さんのお話はよく伺っていました。今はすごくお元気そうですけれど、最初の頃は相当おつらい感じだったのですか」
陸川さん
「はい、立てないくらいの激痛でした。お腹が痛くて痛くて、耐えきれない激痛でした」
よしこ
「そうだったんですね。その頃どういう状態だったか、少しお話ししていただけますか?」
陸川さん
「その頃、ある生命保険会社の相談室でカウンセラーとして勤めていました。他にも私の尊敬する精神科医のクリニックでも勤めていまして」
院長
「陸川さんは臨床心理士の資格をお持ちなんですよね」

よしこ
「ああそれで。今は私が陸川さんの担当をさせてもらっていますけど、何だかとてもリラックスしてできるんです。こちらのお話しも聞いてもらったりして」
陸川さん
「そうですか(笑)ありがとうございます。その頃からずっと体の調子は悪くて、自宅のある西荻窪から職場の池袋まで、通勤するだけで汗がダラダラ出ていました。体も太ってしまったり夜も眠れなかったり。代謝が悪くて自律神経も乱れていたんでしょうね。
そして2003年の8月、クリニックで屋久島の旅行がありまして。今思え、ちょっと無謀なんですけど(笑)屋久杉まで行けば体が良くなるんじゃ
ないかと思って、無理して頑張って旅行に行ったんです。それで旅行から帰って仕事が休みになった途端、お腹の激痛が始まりました」

よしこ
「そうだったんですね。疲れも溜まっていらしたんでしょうね」
陸川さん
「もう体が限界だったんでしょうね。痛みがまるで出産の時の陣痛のような痛みでした」
すがこ
「え~、それはきつい!」」
陸川さん
「本当に辛かったです。家族がみんな西洋医なので、そんな激痛があって体を治すという時に行ったのは病院なんですよね。とりあえず内科に行きました。
だいぶ経ってから、繊維筋痛症ではないかと言われたのですが、2003年当時、まだ繊維筋痛症ってあまり知られていなかったんですね。
医者も困っているのがわかるんですよね。可能な検査はしたけれど、これという所見は出なかったんです」
よしこ
「はっきりした原因がわからないというのは、患者さんにとってはつらいですね」
陸川さん
「ええ、ショックでした。それに通院も辛いので入院させて欲しかったんですけど、病名が出ないと入院することもできなくて…。症状に対して薬は出るんですけど、痛み止めは、1時間ほどするともう効かなくなりましたね」
すがこ
「それがどのくらい、続いたんですか」
陸川さん
「なおし家さんにきてからも、数年は続いていました」 

角谷院長との出会い

よしこ
「ところで、なおし家を知られたきっかけは何だったのですか?」
陸川さん
「それまでも他の鍼灸院に行ったり、アーユルヴェーダをやってみたりはしてました。主人は西洋医なんですが、ある時、鍼灸院に行って見たら?
と言われまして。改めてネットで自宅の近くの鍼を検索したんです。歩くのも大変だったのでとにかく近くでと」
すがこ
「そうだったんですね。でもそんな激痛を抱えながらの通院も大変でしたね」

陸川さん
「初めて伺ったのは、その旅行から帰って2週間後、2003年の9月だったと思います。クーラーの風が当たるだけでも痛くて辛かったですね」
よしこ
「それはおつらい…。最初の院長の施術はどんな印象でしたか」
陸川さん
「最初に院長先生のお顔を見て、施術を受けながら、ああ、この人が助けてくれるかな、という感じを受けました。それと、深い所に鍼をしてもらったんですが、奥の固い所に鍼が当たったんですね。そしたらちょっと激痛が和らぐ感じがあったんです。それと院長の手が気持ち良かったんです。
ああ、この手で、この鍼でよくなるかも、って何回か通った時に思いました」

病院通いをやめた

陸川さん
「通っている間に色々話をしますよね。で、ある時院長が病院行くのをやめたらどうですか、って言われたんですね。えっ!と思って。
それは、私にはない発想だったんですよね(笑)
病院行かないで症状をよくするってどういうこと?
ちょっと意味わからないなって(笑)
でもその言葉がずっと残っていました。
それと同時に病院でいろんな検査をしたけれども、これという所見が出ない中、その言葉を自分の中で反芻したんですね。そうだなあ、もう病院でできることはないかもしれないなあ、と。
これは、それまでの西洋医学信仰からの意識の転換で私にとっては大変なことでもあり、とても大きなことでした。
それと院長の鍼で和らぐという感覚、その感覚をとても頼りにしてましたね」

院長
「私が病院に行くのをやめたらと言ったのは、当時はまだ病院側でも痛みの原因をつかめなくて、治療法もはっきりせず痛み止めの薬を出すしかないようだったんですね。
なおし家での陸川さんの施術はどうかというと、表面は常に痛みを感じているんだけれども、奥の深層筋に鍼をしても全く感じない、ということは奥が麻痺していて、奥を防御するために表面に痛みを出しているのでは、という風に思ったわけです。そして鍼をして奥の麻痺が取れてくると、痛みもやわらぐという感覚が起こってきたんですね。それで手ごたえを感じました。この鍼で痛みが取れて、良くなっていくのではという。
それで病院通いをやめてみたらと言ったのですね」
陸川さん
「それと病院では、あんまり痛い、痛いというのでついに、麻薬系の薬を出しましょうかって言われたんですね。原因がわからないのに、麻薬系
の薬を飲むというのは、やっぱり怖いと思いました。
当時薬をたくさん飲んでいたので、これ以上飲んで痛みが多少和らいでも、その後どうなるのかなという不安がすごくありました。そして院長の言葉が後押しになって、病院に行くのをやめちゃったんです(笑)」

すがこ
「病院に行かなくなって、特に不安とかはなかったですか?」
陸川さん
「行くのをやめると決めてからは、特になかったですね。病院通いをやめてからも、なおし家にはほぼ毎日通院してました。最初はお腹が痛かったのが、他の所もあちこち痛くなってきましたので、なおし家で行なっていたあらゆる施術をしてもらいました。温熱療法や血流をよくする
施術とか。
先生も大変だったと思います。午前中きて、それでも具合が悪いと夜にまた診ていただいたりと、本当によく対応してくださいました。すごくありがたかったです」

骨鍼(こっしん)の誕生

院長
「実を言いますとね、その頃は、麻痺しているところに鍼をしてその麻痺が取れたら治っていくというのが、まだはっきりわかってなかったんです
よ。」
よしこ
「えー、そうなんですか(驚く)」
院長
「まだ、深層筋鍼法がはっきりとは確立してなかった頃です。その頃、20代の患者さんで、繊維筋痛症の男性がいまして、手が上がらず鍼をしても全く感じられませんでした。
でも肋骨の一箇所に集中して鍼を3、40分やり続けるという施術を何日もくり返しましてね。やっとその方が感じられるようになった時、ああ手が上がりますと言われて、初めて肩が上がったんです。
その方の治療を通して、深層に鍼をして感じなかったら感じるまで鍼をする、そしたら痛みが取れて症状も変化するというのが、わかりだしたんです」
よしこ
「それが、今の院長の深層筋鍼法につながったわけですから、それは大きな発見でしたよね」
院長
「そうなんです。でも、陸川さんの場合、深層のどこをやっても感じないんですよ。でも根気よく鍼をやり続けていると、なんだか痛みが取れると
おっしゃるので、悪いところや痛いところを探して深層に鍼をしていたんですね。
その後も何人もの臨床を通して、“骨ぎわの癒着しているコリに鍼をして、そこが麻痺していたら、鍼によってその麻痺を取れば痛みも取れる”ということがはっきりとわかったんです」
よしこ
「おー、まさに骨鍼の誕生ですね!」

院長からみた「繊維筋痛症」とは

すがこ
「でも改めて線維筋痛症というのは辛い病気なんですね。今まで全く知りませんでした」
陸川さん
「本当に体も心もきつかったですが、とにかく痛いのが辛かったです。痛みで食べられない、眠られないが続くし、気の状態も悪かったですね。気が上がってしまって、頭の中に気がこもってしまい、頭がまるで風船に熱風を送り込んだような状態でした」
よしこ
「え~、それは辛いですね!」

陸川さん
「誰かこの風船に穴を開けて出して欲しいって。自分で自分の体が制御できなくて本当に辛くて。
もう私は、発狂するか死ぬかどちらかかなって思ったんですよ。でも、痛みでは死なないんですよね、日々あんな状態で暮らしていても、死なないんですね。」
すがこ
「死にたくもなりますよね」
陸川さん
「あの時初めて、死にたいって思いました」
院長
「痛みの中でも一番に辛い病気とも言えますね。ずっと続きますし。よく頑張ってこられました」

すがこ
「長く施術をしてきて、院長から線維筋痛症について何か言えることってありますか」
院長
「体の面から言うと、繊維筋痛症とは、奥に固いものがあるので、表面が非常に敏感になっている。
だから表面に少し触れただけでもすごい痛みを感じるんですね。
それは何故かというと、奥の悪いものを隠そう、触れられまい、なんとか防御しようとするために表面に痛みを出すということが、施術の経験から後でわかるわけなんです。奥の悪いものは、麻痺してしまっているので、鍼で刺激しても最初は全く何も感じないのですが、施術を続けていくと感じられるようになるんですね。
“ひびく”という表現をしますけど、心地よいひびきを感じられるようになります。それからは、患者さんと共に、そのひびきを共有しながら共に治していくというプロセスに入るわけです」
陸川さん
「そうですね。よく院長に『響きますか』と聞かれましたね。『(コリが)浮いてくる』『(コリを)溶かす』とかの独特の表現も面白いなあと思いました。
だんだん受け続けて行くと、鍼を受けたときの感覚の違い、こういう風に響くと変わるなあというのもわかってきましたね」

院長
「陸川さんは一番長い患者さんですから(笑)
奥の麻痺を取ると痛みがラクになるという線維筋痛症の仕組みは、まだ西洋医学でも鍼の分野でも知られていないと思うので、これはなおし家での発見かなと自負してるんですけどね(笑)」

昔は、本音とちがう生き方だった

陸川さん
「それとやっぱり、この病気になって何が悪かったんだろうって過去を振り返ったときに、結構自分を責めていましたね。
あれがいけなかった~、これがいけなかった~て。やっぱりこうなった訳を知りたいから」
よしこ
「それもきついですね」  
陸川さん
「昔を振り返ると、なんでも自分でやらなきゃというのが強かったと思いますね。親のこと、家のこと、母として、とか。父がきっちりした人だったので、その影響を受けて完璧を求めてたんだと思います」
院長
「母として、妻として、きっちりしなきゃっていうのですね」
陸川さん
「そうそう、ちゃんとしなきゃっていう気持ちが強かった。本当はそうしたくないのにそうしていたー。したくないっていう気持ちも自分で気づいてないんですよね。でも、体はわかってるから、キューと縮まったんでしょうね」
すがこ
「その時は何を我慢して
いるか自分でもわからないんですよね、我慢していることにも気づかないというか…」
院長
「我慢しながら、本音とちがうことをしてたわけですね」
陸川さん
「だから、奥がキューと固くなったのかなって、今は思いますね」
よしこ
「患者さんでもすごく我慢されて頑張ってる方が多いですよね。それは病気にもなってしまうのかなって。本当に人生を楽しまれている方は病気にならないのでしょうね」
陸川さん
「そうなんですよね。だから病気になってそうじゃあないんだなあって、いい意味で力が抜けました(笑)」
院長
「病気が生き方の間違いとか偏りを教えてくれるっていうのはありますね。気づきを得てその人らしくなれるというか」
陸川さん
「はい、本当にそう思いますね」